五条坂・茶わん坂ネットワーク



京都やきものWeek 「わん・碗・ONE2021」


「わん・碗・ONE」は、清水焼発祥の地である五条坂・茶わん坂の 町おこしプロジェクトの一環として開催されるイベントです。
主催は、有名作家・焼きもの販売店の協力のもと設立された「五条坂・茶わん坂ネットワーク」。


五条坂・茶わん坂ネットワークとは

 五条坂・茶わん坂は、東山にある清水焼発祥の地です。弁慶と牛若丸が出会ったという五条大橋よりも東を五条坂、東大路通りから清水寺への参道を茶わん坂と呼びます。

この五条坂・茶わん坂一帯で清水焼が作られるようになったのは、8世紀頃に僧行基が清閑寺村茶碗坂で製陶したことからと伝えられています。また、16〜17世紀頃、茶碗屋久兵衛が五条坂一円で金、赤、青の彩色した陶器を作り、「清水焼」の名を冠したことからともいわれています。清水焼の長い歴史と風土の中で、この地は数多くの名工を輩出してきました。人間国宝・近藤悠三記念館や、6代目清水六兵衞以来の家宅なども位置しています。清水寺の境内には、清水焼の祖・野々村仁清と、仁清に師事した尾形乾山(兄は画家の尾形光琳)の顕彰碑が建立され、焼き物の地を静かに見守っています。
現在も多くの陶芸家や陶器店が集まり、「焼き物の町」として栄えている五条坂・茶わん坂。
日常使いのうつわや、作家作品の一点物など、品揃えは多岐に渡ります。焼き物の他にも、京都の伝統工芸品である西陣織や京扇子、またギャラリーも設置されており、見どころをたくさん秘めた所です。
清水寺近くというアクセスの良さも相まって、坂道はいつも人で賑わっています。

伝統と文化を大切に守り、継承しながら、新しいものも受け入れていく五条坂と茶わん坂。
五条坂・茶わん坂ネットワークのHPでは、五条坂と茶わん坂の魅力を国内外に広く紹介するため活動している五条坂・茶わん坂ネットワーク設立の経緯と発起人のインタビューをご紹介しています。


五条坂・茶わん坂ネットワーク発起人代表からのご挨拶

 鴨川の清き流れと、なだらかな東山の緑の間、五条坂から茶わん坂を登り、清水寺に至る一帯は京焼・清水焼の発祥の地です。古来、数多くの名工、陶芸家が特異な技法や意匠を継承し、蓄積された技術的、精神的土壌と調和しつつ、現在さらに斬新で独創的な創作活動が行われ、日本各地の焼物界をリードしてきました。そして、その名品の数々を広く紹介し、消費者との仲介をすべく卸問屋や小売店も軒を連ね、互いに切磋琢磨し、まさに京都にあって固有の文化ゾーンを形成しています。
 このような歴史的事実に鑑み、五条坂・茶わん坂一帯が陶芸を中心とする美術工芸の伝統と創造の拠点、焼物文化ゾーンとして再認識されることによって、地域活性化を図ることは大きな意味を持つと確信します。それ故に、この地で陶芸に携わる私たちは、文化の担い手として、創作活動、販売活動の職種の如何をとわず連携、協力するため五条坂・茶わん坂ネットワークを設立します。伝統と文化を守り、将来のよりよい町づくりの為に寄与し、一帯の魅力や活動を、国内外に広く紹介していきたいと思います。

山田悦央


〜この会の立ち上げへの思い〜
 現在、京焼、とりわけ京焼食器をとりまく環境は目をおおうばかりなのです。デパートの食器売り場から京焼のコーナーがなくなったところもあり、又、全国的に店名を知られた有名ブランドさえ、本店を貸ビルにしてしまう様な状況です。そんななかで、京焼発祥の地と言われているこの地で、様々な、ちがう形で京焼にかかわる有志を集め、この地域の活性化を計り、ひいては京焼の良さを全国・全世界へ発信しようとしてこの会を立ち上げました。

〜この地域への思い・現状について〜
 リヤカーで品物を運ぶ職人さんや松割木の束、土をたたくパンパンという音等、子供の頃から体で感じていた「やきものの町」。どんなに偉い芸術家でも、「近所のオッチャン」だったこの地域。地縁をチェーンの様につないでいけたら…と思う。作家、問屋、小売りの別なく全てをネットワークとしてつないでいきたい。

〜将来への展望〜
 行政や公的機関にも協力して頂き、次の世代につなげる役目をしなければいけないと思います。


五条坂・茶わん坂ネットワークホームページ
五条坂・茶わん坂 face book